フジ「放送中止しない」抗議文を一蹴。アドラー心理学会から嫌われる勇気

フジテレビの連続ドラマ『嫌われる勇気』が強気の姿勢を見せた。本来のアドラー心理学と内容が違うということで放送中止を求めた日本アドラー心理学会の抗議に対して、放送中止は考えていないとコメントしたのだ。

そもそも『嫌われる勇気』は、日本アドラー心理学会の顧問をしている岸見一郎の著書を元に作り上げたドラマである。普通に考えれば、正しいアドラー心理学の知識が盛り込まれているはずだ。

正しいアドラー心理学とは、抗議文によれば、人々がお互いに理解しあうことを目指すものだという。しかしドラマの主人公は他人に関心がなく自分勝手に振る舞うだけ。これでは文句の一つも言いたくなる。

日本アドラー心理学会は、アドラー心理学を研究したり世に広めたりするために作られた。1000人ほどの会員を擁する大きな組織だ。それだけ人がいれば、内部で意見の対立が起こるのも無理はない。

日本アドラー心理学会所属の専門家は、学会としての身内でもある岸見一郎の見解に一定の理解を示しつつも、根本的な部分で意義を申し立てている。「『他者の幸福のため』に自分がすべきことをする」のがアドラーの教えだ、と。

たしかに、ドラマの主人公である女性刑事は他人の気持ちを無視している。特に、同僚の男性刑事にはいつも手厳しい。彼が自分の悩みや気づきを真剣に打ち明けているにもかかわらず、彼女は「それは私の問題ではない」とバッサリ。

しかし。もしもこれが彼女の思いやりだったとしたら、どうだろう。男性刑事が自分で自分の問題を解決して立派に成長していくのを邪魔しないようにするため、あえてかかわらないようにしているとしたら……?

アドラー心理学会が言うように、他者の幸福のために行動していることにはならないだろうか。一時的には、当然嫌われてしまう。共感もねぎらいも何も与えないのだから。しかし、将来的にはどうか。

男性刑事は彼女に感謝するかもしれない。人間関係に右往左往して苦しんでいた過去の自分と決別できたのは、ずっと身近でナチュラルボーンアドラーとしてお手本を見せてくれていた彼女のおかげである、と。

主人公の女性刑事は、自らが嫌われることをいとわず、いや、嫌われるとか嫌われないとかいう考えすらなく、ただ自分がしたいことをしていた。彼女がしたいことの中には、同僚の幸せに協力することも含まれていたのだ。

『嫌われる勇気』の本は大ヒットしたが、ドラマの視聴率は低迷している。視聴者からも嫌われてしまっている。しかし、いまは嫌われていても、あとになって「あれ面白かったな」と思ってくれる人がいるかもしれない。

ドラマ制作者に限らない。我々一人一人が、普段の生活の中で意識しておきたい。さしあたっての好感度に一喜一憂するのではなく、一時的に嫌われる勇気をふりしぼってでも、自分のすべきことをして生きていこう。

画像:『無料の写真 – Pixabay』
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