出川哲朗、ピコ太郎を「ただのユーチューバー」呼ばわり

2016年12月30日(金)18:30から、人気バラエティ番組『アメトーーク!年末5時間SP』がテレビ朝日で放送された。

『ザキヤマ&フジモンがパクりたいGP』、『運動神経悪い芸人』、『出川と狩野』など、過去の放送で評判の高かった名物コーナーが、新作を引っさげて勢ぞろい。

『出川と狩野』コーナーでは、お笑いタレントの出川哲朗(52)が、同じマセキ芸能社所属のお笑いタレント狩野英孝(34)とともに登場。世間で話題になっているワードを面白おかしく解説して好評を博した。

そのうちの一つ、”ピコ太郎”というワードについての出川の解説がネット上で波紋を呼んでいる。

ピコ太郎は、動画投稿サイト『YouTube』での楽曲『PPAP』のヒット以来、複数のテレビCMに出演するなど活躍の場を広げている。そのピコ太郎を出川はなんと「ただのユーチューバー」と評したのだ。

それに続く解説では、出川もきちんとピコ太郎を認める言葉を発している。ただしそれはメジャーになったピコ太郎に対してだけ。他のYouTuberを下に見るかのような先の一言には、出川本人からも他の出演者からもフォローはなかった。この事実に対し、一般視聴者である筆者は胸中複雑な思いである。

確かに、知名度という点では全国ネットのテレビ番組に数多く出演する出川らのほうが勝っている。芸の面白さでも出川より優れているYouTuberは少ないかもしれない。しかし、仮に無名でつまらないとしても、彼らを「ただのユーチューバー」などと見下していいということにはならないはずだ。

芸能人が一般人をさげすむ例としては他に、お笑いコンビ『フットボールアワー』の後藤輝基(42)の発言がある。自動車乗車中に渋滞にはまってイライラした挙句、自分のほうが税金を多く払っているのだから道を譲ってほしいというような内容の言葉を放ったと、ある番組内で暴露されてしまったのだ。

公共の道路を使用するにあたり、納めた税額の大小で優先順位がつくわけはない。それは後藤も了解しているはずで、だからこそあくまでも私的な空間(車内)でだけ愚痴をこぼしたのだろう。ただ、それが公表されてしまったことで、我々は後藤の人となりを垣間見ることができた。

出川の「ただのユーチューバー」発言も、収録中とはいえ、テンパッて意図せず漏れてしまったのだろう。人の本音が出るのはそういうときだ。オタクのファンを見下すアイドルが一部にいるのと同様に、残念ながら視聴者を見下す芸能人も一部には存在する。

とはいえ、筆者は芸能人を批判できない。彼らと同じ立場になっても同じようなことを考えない、という確固たる自信が持てないからだ。もしも有名人になったら、もしも高額納税者になったら、果たして自分は無名の貧乏人をバカにしないと言い切れるだろうか……?

言い切れる人は、堂々と批判する資格がある。言い切れない筆者は、批判ではなく一部の芸能人の発言にただ寂しくうなずくだけ。芸能人でも人間なのだし、ああいう考え方になってもしかたがないのかもしれない。人間性と芸は別ものととらえ、筆者はこれからもバラエティ番組を楽しんでいきたい。

 

画像:『出川哲朗 official ブログ by ダイヤモンドブログ』 http://www.diamondblog.jp/official/degawablog/

『好きか嫌いか言う時間』顔面格差社会に不美人からの逆襲

2017年1月3日21:00、TBSのバラエティ番組『好きか嫌いか言う時間 新春から超々々大激論SP』が放送された。ざっくばらんに議論を戦わせる形式が人気で、今回は3つのテーマが取りあげられた。

そのうちの1つ、『顔面格差社会…日本は美人が得する国!年収差…ヒイキする男…実体験を元に美人VS不美人が対決』については特に、多くのコメントがネット上で飛び交っている。

ほとんどは、美人側の出演者が美人でないというやっかみや、見た目で差別される日本社会への恨みつらみ。不美人側に対しては若干の応援メッセージが見受けられた。中でもDr.まあや(41)の演説には賛同の声が多い。

彼女によれば、不美人のほうが人生が面白いという。美人の場合、人生のコースが決まっていて簡単に未来の想像がつく。一方の不美人は何が起こるか予測ができず、面白い人生だったと言って死ねるというのだ。

しかし、筆者はDr.まあやの意見に同意できない。人生はどれ一つとして同じものはなく、簡単に想像がつくものではないからだ。知識があれば過去のパターンを当てはめて予測を立てることはできるが、その予測は往々にして外れる。当たらない予想をしただけで理解したつもりになっても単なる自己満足だ。

そう、自己満足である。正しいかどうかではない。自分の人生を肯定するための理屈だ。綿密に組み立てられたロジックで説得力を増し、不美人=不幸という強大な圧力に立ち向かう。この戦いに勝利し、自らの生の喜びを確認できれば、もはや自己正当化の理論は不要となる。心穏やかな余生が待っている。

美人に嫉妬するより、美人を尊ぶ風潮を憎むより、そして不美人であることを嘆くより、Dr.まあやのように自己を肯定して生きられたらどんなに素晴らしいだろうか。

自分を肯定できるまでの道のりは、長く苦しい。否定的な意見が耳に入り、あきらめたくなることもある。がんばって肯定できかけてくると、開き直って痛々しいとも思われたりする。

そんな曲がりくねった山道も含めて、Dr.まあやは面白い人生だと言っている。笑顔でそう言えるということは、自己肯定の旅は既に終えたということかもしれない。

不美人の人生が面白いなら、美人の人生も面白い。不美人の人生を肯定するのに、美人の人生を否定する必要はない。全ての人生が面白い。面白くすることができる。面白く思うことができる。面白がることができる。そういう可能性を、全ての人生は内包しているのだ。

画像:『好きか嫌いか言う時間|TBSテレビ』
http://www.tbs.co.jp/sukikakiraika/

西村博之「性欲が強い人の気持ちがわからない」に意外な賛同

2016年12月27日放送、テレビ朝日『メイプルマナミの極めびと人生相談』に出演した西村博之(40)の発言がネット上で話題を呼んでいる。その内容は、「性欲が強い人の気持ちがわからない」というものだ。

性愛はハイリスク・ローリターンだし、そもそも面白くないと西村は切り捨てた。目の前に座る橋本マナミ(32)の肉体美にも興味なさげ。見かねたカズレーザー(32)に同性愛を勧められるが、それも気乗りしない様子。

恋愛感情を損得勘定でとらえる西村にあっけにとられる橋本。彼女と同じように、恋愛は理屈ではないと考える番組視聴者も多かったかもしれない。しかしネット上では、意外と西村に賛同する声もあがっている。

「恋愛は疲れる」
「いい年こいて恥ずかしい」
「金がかかる」
「一人のほうが気が楽」
「それ(恋愛)どころじゃない」
「ヴァーチャルがある」

終わったばかりのクリスマスをはじめ、やれバレンタインだやれホワイトデーだと、恋愛をあおる環境が人々をとりまいている。恋愛をしていない人は変な人だとかかわいそうな人だとか思われてしまう風潮さえある。そんな恋愛強迫観念社会に反感を持っているネット民たちの偽らざる本音だ。

恋愛に魅力を感じられないなら、お金や時間がなくなるだけで何もいいことはない。そのうえ性欲もないとなると、本当に無意味な行為になってしまう。性欲だけある場合でも、労力を費やして恋愛関係を構築していくより金銭でアダルトビデオや美少女ゲーム等のサービスを購入するほうがコストパフォーマンが高い。

そんな彼らに、いくら恋愛の素晴らしさを説いても通じない。恋愛が理屈ではないなら、言葉で説明してわかってもらうことも不可能だ。あとは本人たちが実体験で理解するしかないが、恋愛を損得で考える彼らと恋愛したがる生身の人間が果たしているだろうか。いないだろう。

彼らの側では、それで全く問題ない。そもそも恋愛などしたくないのだから。他人に恋愛させようなどと、おこがましい思いあがりに過ぎない。このアンチ恋愛思想は今後も生き残り続け、あわよくば広がっていくことになる。その嚆矢(こうし)が西村だったのだ。

 

画像:『メイプルマナミの極めびと人生相談|テレビ朝日』
http://www.tv-asahi.co.jp/kiwamebito/