復興大臣バッシングから漂う腐臭。本音は「東北でよかった」by東北以外の人

[3行まとめ]
①今村復興相の失言「東北のほうだったからよかった」
②非難している国民も本音では東北でよかったと思っている
③「『東北でよかった』と思ってはいけない」と思う必要はない

2017年4月25日、今村復興大臣がとんでもない失言で炎上した。東日本大震災からの復興を支援すべき大臣であるにもかかわらず、あの巨大地震が東京ではなく「まだあっちのほうだったからよかった」と言い放ったのだ。

この今村大臣に対して、政治評論家の田崎史郎(66)は「(被災者の心に)寄り添っているフリをしなくちゃならない」と的確な指摘をした。翌26日のTBS『ひるおび!』での一コマだ。

田崎の指摘について、愚かなネット民が炎上させようとやっきになっている。被災者を傷つけている、というのが批判の理由だ。半分は正しく、半分は間違った批判である。被災者も視聴するであろうテレビで田崎が発言したことを批判するのは正しい。

しかし、公の場で発表するのではなく、田崎が心の中で思っていること自体を批判するのは間違っている。それは今村大臣についても同じだ。今村が心の中で「地震が東北でよかった」と思っているぶんには、誰からも非難されるいわれはない。

落ち着いて考えてみればいい。自分の家が地震で壊れるのを喜ぶ人間がどこにいるのか。大震災が自分の住んでいる地域で起こらなくて良かった、などというのは誰でも思う普通のことである。つまり、あなたが東北に住んでいないなら、「地震が東北でよかった」というのがあなたの本音だ。

あなたを責めているのではない。誰でもそう思うものだ。東北の人だって、ヨーロッパのテロ事件が東北で起こらなくてよかったというのが本音である。自分に被害が及ばなくてよかった、と思ってしまう自分をダメだと否定する必要は全くない。

そういう自己否定の気持ちをなくせば、あなたが否定したかったあなた自身の嫌な面が投影された今村大臣の失言に対して、過剰に反応しなくてもよくなる。無理して被災者に寄り添おうとしなくていい。同様に他人に対しても、寄り添うようにさせようとしなくていい。

田崎が言うように、寄り添うフリだけでいいのだ。フリさえできないと、フジテレビ『ユアタイム』の市川紗椰や、今回の今村復興相のようになってしまう。この大事な作法を国民に伝えるために田崎は、被災者も見ているかもしれないテレビを通してであってもあえて指摘するしかなかったのかもしれない。

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藤田ニコル(19)、調子に乗って『フルタチさん』でコメント失敗、変な空気に

[3行まとめ]
①持ち前のコメント力で幅広い世代に人気の藤田ニコル
②藤田ニコル、『フルタチさん』で場違いなコメント
③目覚めが良くなるカーテンに対して「おちつく~」

テレビに出始めの頃は空気の読めないおバカキャラだったモデルの藤田ニコル(19)。今では藤田本人も白状しているように、空気を読めるようになってきている。そのおかげで数多くのバラエティ番組に引っ張りだことなった。

藤田は、2017年4月23日(日曜日)、フジテレビ『フルタチさん』にも出演した。番組のテーマは睡眠で、上質な眠りを得るための特別な寝室が紹介された。質の良い睡眠をとるための工夫が随所に凝らされている。寝室の床は無垢の杉材、天上には一面に黒い炭。窓は二重で、窓と窓の間には遮音カーテンがひかれている。カーテンは電動開閉式で、翌朝の起床時間に合わせて開くように設定しておくと気持ち良く目覚められるという。

この特別な寝室に、藤田ニコルは他のタレントたちと一緒に訪れていた。藤田は、睡眠の専門家が何か説明するたびに「へぇ~!」「すごーい!」などと、感情のこもっていない顔でわざとらしい声を漏らす。それでも視聴者の感情をひきつけることには成功していたのだから、番組としては藤田のようなタレントは便利だ。

しかし藤田は一つ、致命的なミスをした。電動カーテンが自動的に開いて窓の外から日光が差し込んでくるのを見せられたとき、藤田は「おちつく~」と言ってしまった。番組の狙いとしては、カーテンを開けて光を取り入れれば目覚めが良くなるということを示したかった。にもかかわらず、藤田は逆に眠りやすくなる方向でコメントを発してしまったのだ。

どうフォローしていいかわからなかったのか、同席していたタレントは言葉を失う。オンエアではすぐに場面が切り替わり、何事もなかったかのように次の説明に移ったが、藤田の失敗をなかったことにはできない。調子に乗って条件反射的に無内容なコメントを連発してきたツケがついに回ってきたようだ。

本音は隠し、空気を読んで、表面的にオーバーなリアクションをしておけばいいというのが、藤田のこの仕事に対する姿勢である。結局のところ視聴者を甘く見ているということだが、藤田本人は自らの中に潜むさげすみの心に気づいていないのだろう。むしろ視聴者の立場でコメントできる人気者だと思っている節がある。

もちろん、そういう藤田を好む層も一定数いる。自分ではうまく感情を表すことができないタイプの視聴者だ。彼らは自分たちの代わりに藤田のようなさくらタレントが大げさな感情表現をしてくれるのを口を開けて待っている。タレントに便乗して自分の感情を発露し、もって日々のストレス解消としているのだ。

タレントに頼らなければ自分の心も動かせないのか。藤田が何かを「すごい」と言ったからといってそれが本当にすごいわけではない。逆に、藤田が「すごい」と言わなくても、自分が「すごい」と思えばそれはすごいのだ。

心をおさえつけてばかりいると、いつしか本当に心が動きを止めてしまう。まだ動こうとする兆候が見えているいまのうちに解放しよう。自らの感情を表すことをおそれる必要はない。タレントに惑わされず、ただ素直な心のままに、本当の自分を大事にして生きていってもいいのである。

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「女の敵」改め「愛の殉教者」中川俊直議員に愛人側女性から擁護の声

[3行まとめ]
①中川議員が不倫報道を受けて要職を辞任
②批判的風潮の中、一部女性から援護射撃
③「中川氏は謝る必要なし。むしろ彼を見習うべき」

重婚疑惑をかけられている国会議員の中川俊直(46)氏。妻がいる身でありながら愛人とハワイで挙式したとか、同じ国会議員の女性と密かに会っていたなどの報道が出た。世の女性からは「女性の敵」として批判の眼差しを向けられている。

その一方で、「中川議員には男の甲斐性がある」として擁護する声も上がっている。しかもそれが女性からというのだから驚きだ。なぜなのか。

普通の不倫男性だったら、自分の愛人を世間から隠そうとする。結婚式などの愛の証を愛人が求めてきても当然応じない。それでもしつこく迫ってくるようなら、面倒くさくなってすっぱりと関係を断つ。愛人側としては、振られるのがイヤなら日陰者の立場に甘んじるしかない。

しかし中川議員は違った。度量の大きい中川議員は、「私を愛して欲しい」という愛人からの切なる訴えを懐深く受け入れた。ただ純粋に愛しあう二人の男女が密会しようが式を挙げようが、一体なにを世間にはばかることがあろう。

中川議員は早稲田大学を卒業した賢い人だ。愛人との挙式が表面化すれば辞職に追い込まれることなど想定済みに違いない。だからこそ、中川議員の愛情深さが光り輝いて見えてくる。彼は、自らの身を賭してまで真実の愛を貫いたのだ。

「それだと妻がかわいそう」と思う人もいるかもしれない。確かに、大勢の記者を前にして謝罪する妻の姿は痛々しいものだった。本来であれば、妻が謝る必要はない。さらに言えば、中川議員も謝る必要はない。議員を辞職する必要などなおさらない。

心変わりは誰にでもある。止めようとしても止められないし、起こそうとしても起こせない、人智を超えたところにあるものだ。自分でどうこうできるものではないのだから、責任をとることもできない。自分でしたことではないのに自分で責任をとろうとするほうがおこがましい。

夫の心変わりを自分のせいにする妻は何様のつもりか。気持ちが離れていった夫について、妻はただ悲しむことしかできない。不倫男性から捨てられても悲しむことしかできない愛人女性の作法となんら変わるところはない。

真実の愛に生きる愛人女性たちにとって、中川議員のような男性の存在こそが一筋の光明である。戸籍上の妻たちも、法の枠組みの中に安住するのではなく、一人の女性として、夫との真実の愛を確かめよう。そして男性たちは、こそこそ隠れて不倫に勤しむのではなく、中川議員のように正々堂々と真実の愛を追い求める器の大きい男になろう。

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『リバース』藤原竜也に学ぶ、こじらせ男子が人並みの幸せをつかむ方法

[3行まとめ]
①湊かなえ原作のテレビドラマ『リバース』、第一回放送
②主人公の深瀬を演じる藤原竜也が戸田恵梨香とキス&お泊り
③深瀬は中小企業に勤める、さえない独身男性にすぎなかったのに!

2017年4月14日の金曜日、TBSドラマ『リバース』初回拡大スペシャルが放送された。原作は湊かなえ。同じくTVドラマ化されたことのある『Nのために』や、映画化され松たか子の鬼気迫る演技が話題となった『告白』などの作者である。

『リバース』の主人公・深瀬を演じるのは俳優の藤原竜也。深瀬は心優しい青年で、就職先の小さい会社で日々真面目に業務をこなしている。恋人はいない。会社帰りに、行きつけの喫茶店でコーヒーを飲むのが深瀬のささやかな楽しみだった。

その喫茶店で深瀬はいつも決まった席に着く。しかしその日は先客が座っていた。同年代くらいの可愛い女性だった。しかし深瀬はそそくさと別の離れた席に移動。そんな色恋に疎い常連客の深瀬を見かねて、喫茶店のオーナー夫婦がおせっかいを始める。

やれ忘れ物を届けて欲しい、やれチケットが二枚余ったといっては、深瀬がその女性とかかわる機会を作ろうとした。消極的な深瀬が二の足を踏んでも、ときにはおだて、ときには叱りつけ、どうにかこうにか彼の気持ちをもり立てる。やがて深瀬は彼女と恋仲になった。

あなたがもし恋に奥手な草食男子なら、このドラマの藤原竜也の方法をまねして素敵な恋人をゲットしよう。「藤原竜也みたいにイケメンじゃないから無理」と思うかもしれないが、そんな心配は無用だ。このドラマでは、藤原竜也演じる深瀬はイケメンという設定ではない。

「深瀬はたまたま喫茶店の主人が助けてくれたけど、そんな人は普通はいない」と思う人もいるかもしれない。確かに深瀬は、オーナー夫妻のおかげで恋人を作れた。でも、周囲の助力を得られたのは決して偶然ではない。深瀬の行動がもたらした必然的なものだ。

深瀬が善人だったからか?いや、違う。人の善悪は関係ない。彼が周りから助けてもらえた理由はただ一つ、先に彼が周りを助けたからだ。深瀬は喫茶店の常連客だった。何度も店に通い、そのたびにお金を払ってきた。喫茶店側からすれば利益が出るのは嬉しいことだ。

もちろん深瀬本人には、喫茶店を助けている意識はない。しかし喫茶店が助かっているのは事実。喫茶店としては、利益をもたらしてくれる深瀬にお返しをしてあげたいと考えるのは自然な流れだ。かくして深瀬は必然的に協力者を得て自らの幸福をつかむことができた。

具体的にあなたがすべきことは、お金を使うことである。寄付をしろという意味ではない。コーヒー好きな深瀬が喫茶店にお金を使ったように、あなたもあなたの好きなものにお金を使えばいい。あなたが払ったお金は相手を助けることになり、あなたに助けられた相手は今度はあなたを助けようとする。

ただし、自動販売機やネットショッピングなど人と直接かかわらない買い物ではいけない。アルバイトで店員の入れ替わりが激しかったりマニュアル対応しかできないような店もなるべく避けよう。理想は深瀬が通っている喫茶店のようなアットホームな店だ。イメージをつかむために『リバース』を見ることをおすすめする。

幸せは自力でつかむ必要はない。むしろ一人ではつかめない。あなたがいま幸せを手にできていないのは、努力が足りなかったからではない。がんばって孤軍奮闘してきたからだ。本当の幸せは、周りの人たちに手伝ってもらって初めて手にすることができる。あなたも人から手伝ってもらって幸せになろう。

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羽鳥慎一、生放送で視聴者をあおりすぎ。大学教授にたしなめられる

[3行まとめ]
①羽鳥慎一、北朝鮮のミサイルが東京に落ちる恐怖をあおる
②視聴者の不安をかきたてないよう、大学教授から注意を受ける
③たしなめられた羽鳥慎一が生放送で見苦しい弁解を繰り返す

2017年4月20日、テレビ朝日系列の報道番組『羽鳥慎一モーニングショー』で、羽鳥慎一が醜態をさらした。

羽鳥は北朝鮮問題について解説しているところだった。ここ数日、北朝鮮とアメリカとの軍事的な緊張が高まっている。北朝鮮による攻撃が行われる場合、距離の離れたアメリカ本土ではなく、アメリカの子分である日本が狙われるかもしれない。

羽鳥は、日本の中心地である東京に北朝鮮のミサイルが落ちた場合にどんなに恐ろしいことになるかを力説した。事前に用意しておいたパネルやVTRを用い、大げさな表情・声・身振りを駆使しながら、どれくらい大勢の国民が被害を受けるかを強調した。

視聴者の感情をあおるのはテレビの常套手段である。感情的に興奮させられた人々はテレビ画面に釘付けとなる。番組の合間のCMも見させられることになる視聴者は、CMの商品を買う方向に誘引される。スポンサーはもうかる。商売を手伝った番組製作者は、スポンサーからお駄賃をもらえる。

今回の場合、羽鳥は視聴者の恐怖という感情を刺激することによって、自分たちの利益を得ようとしていた。この羽鳥のしたたかな計略を阻止すべく、一人の大学教授が立ちあがった。必要以上に不安をかきたてようとする羽鳥を、生放送中にもかかわらず堂々とたしなめたのだ。

教授は、もし爆弾が落ちたらの話をする前に、爆弾が落ちないようにすることが大事だと述べた。しかし、羽鳥は素直に聞き入れることをしなかった。教授から注意されたにもかかわらず、もし爆弾が落ちたらの話を強引に続けようとした。

羽鳥は、爆弾が落ちる前になんとかするのはもちろん大事だ、とあたかも自分の意見であるかのように、教授の言葉をオウム返しにした。教授がいなくなったあとも羽鳥はしつこく教授の言葉そのままを繰り返して発言していた。自分は恐怖をあおっているわけではない、といういじましい弁解だ。

それで本当に恐怖あおりをやめるのなら、教授の意見に羽鳥も賛同したことになる。しかし羽鳥はあおりをやめなかった。教授に賛成した形をつくろっただけで、実際にはそのまま視聴者の恐怖をあおる話をし続けた。

羽鳥のやっていることの本質はテロリストと同じだ。爆弾を仕掛けて人々の恐怖をあおり、仲間の釈放を要求するテロリスト。「爆弾が落ちる!」と人々の恐怖をあおり、自らの要求(お金や人気がほしい)を通そうとする羽鳥慎一。

我々は、決してテロに屈してはいけない。

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