熊野古道(くまのこどう)、世界遺産の道歩き


京都府などがある近畿地方(赤い丸で囲まれた部分)。近畿地方の南側半分にあたる紀伊半島。紀伊半島は、赤道から温かい海水を運ぶ黒潮(青い矢印)のおかげで温暖な気候となり降水量も多く、たくさんの植物が山々を覆っています。この紀伊半島の海側のほうが熊野と呼ばれる地域です(右拡大図の緑色の部分)。

熊野という地名の由来には諸説あります。
1.死者が隠れる地という意味の「隠野(こもりの)」が変化して「熊野」になった。
2.未開地という意味の「野」に、奥まったところという意味の「隈」がついて、やがて「熊野」になった。

死者の地にしろ未開の地にしろ、日常的で身近な場所というわけではなさそうですね。
悠久の歴史が育てた熊野の大自然は、古代人にとって容易には近寄りがたい神秘性を帯びていました。

山、岩、木、滝……人智を超えた様々な自然物が神と崇められ、神を祀る社も作られていきます。こうして熊野地域にできた神社には、京都などからも人々がお参りにやってきました。彼らが通った、熊野の神社へと続く長い道――それが熊野古道です。

道中には王子社(おうじしゃ)という、熊野の神の子供が祀られた場所が幾つかあります。お参りをする人々は王子社に立ち寄り旅の疲れを癒やしながら、神社への長い道のりを進んでいきました。

舗装もされていない険しい山道をひたすらに歩く……そのこと自体が神への祈り、厳しい修行、自己との対話、あるいは愉快な娯楽となり、熊野の神は人々と共にあり続けました。

平安時代の皇族や貴族、鎌倉時代の武士や農民、そして現代に至るまで大勢の人々が熊野古道を歩いてきました。平成の御代2004年には世界遺産に登録され、グローバルな人気の高まりを見せています。

遠くて行けないというかたも、ぜひこの写真で熊野古道を体験してみてくださいね。昔の人が畏怖と畏敬の念を抱いた神聖なパワーの一端でも実感していただけたら幸いです。

・参考文献
『熊野古道』 小山靖憲 著
『世界遺産 熊野古道』 宇江敏勝 著
『講談社カルチャーブックス 熊野詣 熊野古道を歩く』 神坂次郎 監修

・地図素材
『白地図専門店』 http://www.freemap.jp/

(おまけ) 歩き疲れたら、この『大師の水』でのどをうるおしてくださいね。

写真:筆者撮影

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